平成21年事例Ⅰ(中小企業診断士 2次試験の与件文)

 A社は、地方都市W市に拠点をおく菓子メーカーである。資本金4,000万円、店舗数15店舗で、前年売上高約12億円、従業員はパート・アルバイト社員を含めて 130名程度である。もともと、地元で採れた農産物を主原料とした地産地消の安全安心な菓子づくりをモットーに、和菓子をメインに評判を得てきた老舗菓子メーカーである。1年半ほど前に、事業拡大を企図して地元の洋菓子メーカーF社を傘下に収め、今日に至っている。
 F社を傘下に収める以前、A社はW市市内の工場で生産した菓子を、地元デパートや県内の観光名所にある10店舗で販売していた。販売員を含め120名程度の従業員のうち80%近くが、パート・アルバイト社員であった。
 A社社長が創業者の先代社長から事業を引き継いで以降、A社の売り上げはほぼ横ばいであった。地元限定の地産地消のビジネスモデルでは、現状以上の市場拡大が望めないと判断した成長志向の強いA社社長は、4年ほど前に大都市圏市場への進出を計画し、すぐさまそれを実現した。大都市圏内のデパート進出に際してW市地区産の原材料にこだわる一方で、市場や嗜好の違いに配慮して創作菓子にも取り組み、地元の店とは違った店舗コンセプトも打ち出した。地元農家と専属契約を結び原材料の確保を図ると同時に、社内コンテストの開催、社外の菓子職人やコンサルタントへの依頼などによって新しい創作菓子の開発に積極的に取り組んだ。初めてデパートで採用した創作菓子では、工場から半製品を輸送して売場の顧客の目の前で完成品に仕上げる手法を取り入れた。
 さらに、大都市圏市場の拡大を目指すA社社長は、高級スーパーへの納品にも挑戦した。当初取引に難色を示していた高級スーパーも、物産展での試験販売が好評であったことから取引を承諾した。
 こうした大都市圏進出によって、A社の売上高は20%程度伸張し、9億円を超えるまでに成長した。この成功の要因のひとつは、原材料重視というコンセプトが消費市場の食の安全に対する意識や自然志向の高まりにマッチしたことである。また、同じ時期に開始したインターネットを活用した通信販売も思いのほか反響が大きく、A社の業績を高めただけでなく、A社と契約していたW市周辺地区の特産品とその生産農家の知名度を高めることにもなった。
 確かに、こうした大都市圏での事業展開は成長をもたらしたが、同時に生産体制や販売体制の整備などで新たな対応が求められた。地方都市と比べて競争が激しく市場ニーズの変化が速い大都市圏では新奇さを打ち出すことが必要で、定期的に目先を変える新作菓子を生み出す体制の整備が課題となってきた。とはいえ、これまでW市地区特産原材料へのこだわりを武器に事業展開してきたA社に、卓越した商品開発のノウハウが備わっていたわけではなかった。
 他方、大都市圏での事業展開など事業拡大を模索している中で、A社と取引のある地元のG信用金庫からF社の買収の具体的な話が持ち込まれていた。幾度となく提示された案件ではあったが、A社社長は逡巡していた。A社に買収される直前のF社は、資本金1,000万円、従業員数50名(うちパート・アルバイト社員約20名含む)、売上高約3億円で、市内に店舗併設工場を2カ所所有していた。創業当初からF社に勤めていた菓子職人の技術がその評判を支え、A社同様、W市周辺のデパートや観光名所などに12店舗を出店していた。しかし、2000年以降、W市郊外にも次々と大規模なショッピングセンターがオープンし有名洋菓子店が出店したために、周辺の競争は一挙に激化した。売り上げが3年間で30%近く落ち込んでしまったF社は、パート・アルバイト社員を中心に人員整理を断行した。その上、後継者問題が顕在化し事業継続を断念せざるを得なくなってしまった。G信用金庫の強い後押しもあって、最初の提案から2年以上の年月を経てA社社長はF社の買収を決定することになる。
 完全所有の子会社としてA社社長がF社のトップも兼任し、2つのブランドを継続させた。F社を傘下に取り込んだ後、A社社長は、地元に展開していた両社の店舗ネットワークの再編に取り組んだ。早期に経営体質の強化を図るために、両社で重複している売場の整理統合、死に筋商品の排除と売れ筋商品への絞り込みによって経費削減を進めた。また、生産ラインにもメスを入れた。F社の工場1つも閉鎖され、そこで生産を統括していた洋菓子職人の1人と数人の職人がA社の工場に配置転換され、その他の職人はF社のもう1つの工場に残った。最終的に、A社とF社の従業員40名程度の人員整理を実施した。
 しかし、昨年来の景気低迷で、消費市場はますます厳しさを増し、大都市圏でのデパートや高級スーパーの事業も大幅に落ち込んだ。A社の売り上げも、W市地域ではF社買収前の売上高にまで落ち込む月も見られるようになった。大都市圏でのデパート・スーパーに当初から投入していた商品の売り上げに支えられ、かろうじて営業を続けているが、こうした厳しい状況が続くと大都市圏事業の見直しをも迫られるのが実情である。

設問文

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