マインドフルネスについて考えてみる by なおやん

 皆さんこんにちは、タキプロ17期自称「息抜き担当」の なおやん と申します。

 今回は少し趣向を変えて、少しずつ一般的になりつつある「マインドフルネス」について、拙いながら私なりの考えをお伝えさせていただければと思います。 

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■はじめに

 皆さんも日々頑張っているなかで、勉強出来なかった日が続くと「なんでサボってしまったんだろう」と過去を悔んだり、思うように上手くいかないと「このままで大丈夫だろうか」と不安になったりすることもあるのではないでしょうか。


 そんな時、「マインドフルネス」という考え方を知っていれば、心を落ち着かせ、目の前のやるべきことに集中することが出来るかもしれません。

 私の場合、心が揺れ動いている時にそんな自分を俯瞰する(自分と感情を切り離す)ことで、試験勉強中の不安を和らげ、本番当日の緊張をほぐすことが出来ました。

※最初に断っておきますが、私は毎日瞑想をしているわけでも、マインドフルネスに精通しているわけでもありません。興味を持った当初、マインドフルネスについてのYouTube動画を視聴したり、実際に瞑想をやってみたりした結果として気づいた、私なりのマインドフルネスについて語らせていただきます。なので、勉強の息抜きがてら、「こんな考え方もあるんだなぁ」程度に読み流していただければ幸いです。

■マインドフルネスとは ~イマ・ココ・ジブンに気づく~

 マインドフルネスを定義づけることは難しいですが、そのルーツは「禅」(座禅)にあります。ただ、マインドフルネスの手法の一つである瞑想と、禅における座禅とは、似ているようでいて、その目的において違いがあります。


 禅に「只管打坐」(ただ座る)という言葉があるように、座禅の目的は座禅をすることそれ自体にあり、何かしらの効用(心を落ち着かせる、集中力を高める等)を得るために行うものではありません(ここが座禅の奥深く面白いところなので、興味がある人は調べてみてください)。


 一方マインドフルネスは、座禅をした結果たまたま得られたその効用に着目し、科学的な実証を伴いながら効用を最大化することを目的として、主に瞑想という手法を用いて私たちの生活(ビジネス、人間関係、マインドセット等)に役立てようとするものです。


 瞑想の方法はネットやYouTube等にたくさん挙がっているのでここでは割愛しますが、大事なのは瞑想によって「イマ・ココ・ジブン」に気づくということです。今この瞬間の自分の呼吸、体の感覚、心のゆらぎに意識を向けることで、過去の後悔、未来への不安、怒りや悲しみといった感情から解放され、今この瞬間に集中することができます。

■マインドフルネスを実践する ~言うは易し、行うは難し~

 以上、超ざっくりとマインドフルネスについて説明しましたが、これを実践するとなると、けっこう大変です。瞑想は短いものだと数分程度の取り組みやすいものもあり、確かに瞑想直後は心が落ち着く感覚を味わうことができます。ただ、数時間後(早ければ数分後)にはまた現実に引き戻され、様々な感情や思考が湧き出し、マインド”レス”ネス(マインドフルネスの逆)な状態になってしまいます。その度にまた瞑想を行うのは、とても現実的とは思えません。


 座ったり目を瞑ったりして行う瞑想もマインドフルネスを実践するための一手法に過ぎず、その進化版として歩きながら行う歩行瞑想や食事をしながら行う食事瞑想、さらには日常の動作一つひとつ(トイレをする、手を洗う、ドアを開ける、呼吸をする、瞬きをする、、、)に意識を向ける瞑想なんかもあったりします。ただ、常に呼吸なんかを意識していたら、逆に目の前の勉強に全集中することなんて出来なくないですか?(笑)


 実際、瞑想を続けると脳の構造が変わる(不安を感じる扁桃体の縮小、思考や記憶に関わる前頭前野や海馬の活性化等)ことが科学的に実証されているようです。ただ、そのためには少なくとも一ヶ月以上の継続が必要らしく、また変わったからといってそこでやめてしまうと元に戻りそうなので、結局継続が求められるのではないかと思います(知らんけど)。


 ズボラを自認している私は、実践を極力減らしつつマインドフルネスな状態を保つために、そもそもマインドフルネスとは何か、その本質を考えることにしました。前述したとおり、瞑想はマインドフルネスに至るための一手法にすぎません。マインドフルネスの本質を理解できれば、いつでもどこでもマインドフルネスに至ることができると考えたからです。
※ここから先は私の解釈を多分に含むため、話半分にお読みください。

■マインドフルネスの本質 ~「本当の自分とは何か」に対する一つの解~

 マインドフルネスの本質とは何か、それは”自己の否定”にあると私は考えています。注意していただきたいのは、ここでいう”自己の否定”には「自分はダメなやつだ」という「自己否定」という否定的な意味合いを含めていないということです(その反対に肯定的な意味合いも含めていません)。端的に言えば、”無”、「本当の自分なんて無い」ということです。


 皆さんも思春期や就活時、あるいは人生の節目に、「本当の自分とは何か」、「自分軸とは何か」と考えたことがあるかと思います。マインドフルネスはその問いに一つの答えを教えてくれます。「本当の自分なんてありません」。


 瞑想を通じて得られるのは、今この瞬間の自分の呼吸、体の感覚に注意を向け心の静けさを感じるなかで、様々な感情、思考があっちへ行ったりこっちへ行ったりと揺れ動いていることに気づくことです。今この瞬間でさえ、自分という存在は激しく揺れ動いているのです。ましてや、永遠不変の自分なんてあり得るでしょうか。


 マインドフルネスが教えてくれるのは、在るのはただ”この身一つ”と、”真っ白な心(自分)”だけということです。それなのに、過去という非常に限られた、偶然の産物にすぎない経験から「自分とはこういう人間だ」、「自分はこれを軸にしてこれからの人生を生きていく」と決めつけてしまうのは、浅慮である気がしませんか?


 雲一つない青空をイメージしてください。これが心です。今ある悩みや不安、怒りや悲しみといった感情、好き嫌いや善悪といった性格、価値観、思考パターンは、この青空に流れてきた雲です。これらの雲は、たまたま生まれ、たまたま今の青空に流れてきただけで、ずっとそこにあるわけではありません。いつかは消えてなくなり、その時にはまた新たな雲がたまたまそこにあるだけです。


 マインドフルネスとは、この青空に貼りついた雲が雲である(可変的である)ことに気づき、青空を澄み渡らせることです。”無”、 ”生々流転”、”諸行無常”。これが禅をルーツに持つ、マインドフルネスの本質だと思います。

■マインドフルネスを肯定的に捉え直す ~”無”から始まる可能性~

 これまで私の思うマインドフルネスについて語らせていただきました。私にとってマインドフルネスとは、本当の自分という絶対性を否定し、相対化するものです。


 ただ、これで皆さん納得するでしょうか?というか、役に立つでしょうか?「本当の自分なんて無い」と言われて、「なるほど!これでまた今日から頑張れます!」となるでしょうか?(笑)


 確かに、悩みや不安を抱えている人にとって、それらは今たまたま抱いている一つの感情に過ぎないと気づくだけでも、心を落ち着かせることはできます。ただそれは、マイナスをゼロに近づけるだけで、プラスに転じさせることはできません。集中力を高めるという点においても、雑念が払われることで本来の集中力を取り戻しているに過ぎないといえます。また逆に今勢いに乗っている人にとっては、マインドフルネスはブレーキになりうるものです。それはマインドフルネスというものが、本質的に心を”無”=”ゼロ”に持っていくものだからです。

 マインドフルネスの本質は、「自己の否定」という心の在り方を教えてくれるだけです。そこには、否定的な意味合いも肯定的な意味合いもありません。
 

 ただ、本当の自分なんて無いからこそ、自分は「何者にでもなれる」のではないでしょうか。


 「人は何者にでもなれる」、「人はいつからでも変われる」とは、よく聞く言葉です。そういった言葉を聞くたび、「キレイゴトを言うな」と否定的にとらえる人が多いように思います。それは、自分の中で「自分はこんな人間だ」という自己イメージと、なりたい自分とを比較し、そのギャップの大きさに「無理だ」と諦めているからではないでしょうか。


 でも、その自己イメージがただの妄想、偏見に過ぎないとしたらどうでしょうか。気づかぬうちに自分で自分を縛っているだけだとしたら?「自分軸をもって生きる」とは聞こえはいいですが、その軸が足かせになって変わることは出来ないと無意識に決めつけているのだとしたら、それほどもったいないことはないですよね。


 マインドフルネスは、そういった呪縛に気づくきっかけになりえると思うのです。そうして初めて、まっさらな気持ちで「なりたい自分」を思い描くことができ、そこに向かって進んでいくことが出来るようになるのではないでしょうか。


 もちろん、この「なりたい自分」も常に揺れ動き、その時々で変わっていくものです。でも、それでいいんです。「なりたい自分」がどのようにでも変わる。これも一つの、「自分は何者にでもなれる」ということの証明ではないでしょうか。

■おわりに

 今回はマインドフルネスに対する、私なりの考えをお伝えしました。私の拙い文章でどこまで皆さんにお伝えできたのか分かりませんし、当然一視点でしかありませんので、「受け入れられない」と思う人も多いと思います。ただ、今回のブログが、日々勉強を頑張っている皆さんにとって、(たとえそれが反対意見であっても)何かに”気づく”きっかけになり、またほんの少しでも「また今日から頑張ろう」と思える端緒となったのなら、これほど嬉しいものはありません。
 長々と最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 次回は、ともパパ さんの登場です。 

 お楽しみに! 

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