合格体験記〜私に起きた5つのラッキー by Yuma

合格体験記

読者のみなさん、こんにちは。
タキプロ13期のYumaと申します。

■はじめに

一次試験を受けられる方は必死に過去問に取り組まれている、二次専念の方もいよいよ直前期突入という、非常に緊張感のある時期ではありますが、少し息抜きに、こんな緩い記事など、如何でしょうか?(本当に試験ノウハウは全く含まれていませんので、ご注意を!)

私は、中小企業診断士試験を4年受けましたが、非常に掴みどころの無い、難しい試験だと思っています。
中小企業診断士試験に私が受かったのはラッキーだと、あっちこっちで良く言ってるのですが…それらラッキーが生んだ効果の多くは、実は気をつけて行動していれば、狙って得ることも可能よなと思っています。
今回のテーマは合格体験記ということなので、なにか皆様の学びに繋がる事を願いつつ、私が診断士受験を通じ経験した5つのラッキーをここで、有りのままに晒したいと思います。

Yuma情報

受験歴:4年
受験時の資格等:関係するものは特に無し
勤務:メーカーの営業・企画
年齢:30代前半

■勉強に取り組めない

30歳が近づくにつれ、目に見えるスキルを身につけておきたいと、なんとなぁ〜く思っていた頃…

ある人に「お前は社会人としてレベルが低い」と言われた事に腹を立て、見返してやろうと思った勢いで、少し調べた事のある程度の診断士テキスト(通信のテキストデータ)を2018年の夏頃に買いました。
(ちなみに、この「ある人」と決して仲が悪いわけでは無く、今では「あの時の叱咤激励のおかげで今があります」と言えます)

ただ、勉強の習慣など子供の頃から一切無く、ダウンロードしたテキストはその後放置。

10月ごろ「そろそろ勉強しようかな…」と考えましたが、会社で色々起きた…事を理由に手をつけず。
1月ごろ「そろそろ勉強しようかな…」と考えましたが、友達から「モンハンやろうぜ!」と誘われ、そこから3ヶ月間狩りに出かけてしまい…教科書は全てベースキャンプの中。

狩りが終わった4月、そろそろ始めるかと机に座り、教科書を開きましたが、10分ぐらいで眠くなり、全く進みません。

このままテキストを捨てるのは勿体無い、なんとかテキストに触れ続けなければ。
そう思って始めた事、それがソファで漫画を読む様に、テキスト読む事でした。

■1つ目のラッキー

会社生活は順風満帆、もう何の文句も無し!だなんて会社員は、なかなか無いと思います。
多分に漏れず私も、会社に対する疑問や不満は、社会人になってからというもの日々感じていました。しかし、それをどう言葉で表現すればいいのかすらわからず、よく悶々としていました。

そんなところに、企業経営理論のテキストが飛び込んできた訳です。テキストの内容と、会社で起きる出来事がどんどん結びついて楽しい。
そして何より、ソファで読んだら勉強してる感がなくなって、眠くならない!

『うちの部は◯◯型組織だけど、責任者の××さんは△△型リーダーだから、そりゃ合わないよなぁ。』

『うちでよく起きる×××××は、官僚制の逆機能なんだ!』

『この前お客さんにエンジニアが説明してた資料、あれQC7つ道具や!』

1人ぶつぶつ呟きながら読み進めます。
こうなるとしめたもので、ソファの上だけでは無くて、通勤中も先が気になって見てしまうようになりました。
凝り性な私は、その日から毎日テキストを読み続け、6月には7科目の教科書を読み終えました。

うまく自分の興味をひけた事、これが最初のラッキーでした。

■2つ目のラッキー

その後、その年の一次試験を受けて通過しました。
二次試験は結構勉強し、そして落ちたものの、得点開示結果は239点。

この頃、周りにはカッコつけて「勉強できない自分が悪かった」だなんて言ってましたが、内心はこう思ってました。

「何この試験、余裕じゃん!」
「エヘヘ…来年には国家資格ホルダーって名乗れるのかぁ…」

私の気持ちは、浮かれに浮かれています。
そんな私を横目に、妻が一言放ちました。

「今年この試験受かってたら、ロクな人間になってなかったと思うよ…」

私はこの言葉を『妻なりに、私を元気づけてくれようとしてるんだな?不器用だなぁー』と捉え、

「だいじょーぶ!ちゃんと勉強して、立派な診断士になるから!」

ニコニコ笑ってこう返していました。

それから、毎週末図書館に行って、とりあえず過去問解くだけで満足して帰る日々が始まりました。
ろくに復習もせず「早く二次試験来ないかなぁ…」と、只々時が過ぎるのを待ち侘びていました。
(しかし、この頃から、机に座って勉強できる様になりました)

妻も勉強の仕方についてアドバイスしてくれたり、嫌いな料理をして毎週末お弁当を作ってくれたり、協力してくれました。

そうして迎えた2回目の二次試験。
ノリノリで、与件・設問を適当に読み、心のままに答案を書き殴りました。

なんたって、去年私は239点。
私の考えのまま書けば受かるんです。
それどころか、こんなにたくさん過去問解いたんだから、ただ受かるんじゃなくて、きっと高得点なんです。

そして迎えた二次筆記合格発表、診断士協会のホームページを開く。


ウキウキでctrl+Fで、受験番号を入力。

「さぁ、これで俺も国家資格ホルダーだ!!」

一致無し

…え?
いやいやいやいや、まさか…

一致無し

…………え?

妻からのラインが入る

😢

あぁ……落ちたんだ。

頭が真っ白になり、周りの音が聞こえなくなりました。

「この一年、なんだったんだろう…」

頭がクラクラしたけど、この年にできた勉強仲間に報告。

「ダメでした」

次々に上がる、勉強仲間の合格報告。
一緒のチャットグループにいるのに、とてもとても遠くの存在に感じました。

家に帰ると、妻が悲しそうにしていました。
調子に乗っていたとはいえ、それでも毎週、希望に満ちた目で図書館に通い続けた私を隣で見ていたので、きっと私以上に辛かったと思います。

とりあえず、勉強仲間には「来年も試験は受ける」と表明しました。しかしこれは、ちゃっかり受けてた2年目の一次試験がたまたま合格していて、二次受験資格を保有していた為です。

気分が乗らず、どうもやる気が起きません。
見かねた妻が、私に二次試験通信を勧め、予備校通信に申し込みました。

しかし…やはり、ぜんぜん身が入りません。
最初は空元気でなんとかやってましたが、だんだんやる気がなくなって…通信申し込んで2〜3ヶ月目、診断士試験を受験する気が失せてしまいました。

もうやめようかな…

でも、せっかくついた机に座って勉強できる癖、なくなるのは勿体無いな…

そんな時、友人の狩人が声をかけてきました。

「なぁ、新作のモンハンやろうぜ!」

独身貴族で、あらゆるゲームに毎月何万も課金している友人です。
思わず、こう言ってしまいました。

「俺たちもう、30だぞ?」

「それがどうした?」

「………30になってまだ、搾取される側に居続けるのか?」

「…え?」

「俺は嫌だ」

「じゃあ、どうすんだよ?」

「搾取する側に行こうぜ!」

こうして始まった、友人とのゲーム開発。

プログラミングなど学んだこともありませんでしたが、払ってしまった予備校代も、見ちゃった夢も希望も、全てゲーム売って回収してやると、毎日必死です。

予備校通信こなしながらも、我ながら恐ろしいスピードで、昼も夜もゲーム開発に取り組み、3ヶ月後には短い3Dアドベンチャーゲームを作れるほどになっていました笑

この友人の一言が、2つ目のラッキーです。
もし彼が私をゲームに誘っていなかったら、私は試験勉強に飽きて、完全撤退していたと思います。

彼の一言で、何故かゲーム開発を始めたのですが、そこで試験勉強並みにゲーム開発の勉強をした事が、勉強癖を失わせず、かつ過去問周回で凝り固まった思考回路を解きほぐしてくれたと思います。

■3つ目のラッキー

個人ゲーム開発は、プログラミング(私はビジュアルスクリプティングが限界)は勿論、シナリオ、イラスト、3Dモデリング、BGMなどなど手がける必要あり、言うならば総合芸術。恐ろしく負荷が高いです。

そして何より、売れなかった時のダメージ(かけた時間と気持ち)が非常に大きい。
一緒に立ち向かったはずの友人は早々に狩りに戻り、その後一人で奮闘していたのですが…だんだん、こう思えてきました。

これ、診断士試験の方が楽じゃ無いか?

そう逡巡しながらも時は過ぎ、一次試験直前期にあたる頃、去年合格していた勉強仲間からメッセージが届きました。

「今年の二次試験勉強、どうしますか?」

この一言がなければ、私は恐らく、診断士試験に戻っていませんでした(ちなみに、声をかけてくれたその勉強仲間は、タキプロ11期。感謝!!)。

この仲間の言葉をきっかけに、診断士試験に戻る事ができた。
これが3つ目のラッキーです。

■4つ目のラッキー

2年目に知り合った勉強仲間と、勉強会を開始。
やるからには、しっかりやろうと思い、勉強会のスケジューリングや、当日の進行を担当しました。
最初はかなり拙い状態だったと思うのですが、勉強仲間が優しく「こうしてみよう」と提案してくれるお陰で、日に日に勉強会の内容が改善されていきました。

また、それまでは、かなり独りよがりな二次試験勉強を行なっていましたが、この勉強会を高頻度で行う事で、他の人がどう、事例企業を分析しているのかを深く知る事ができました
それまで学んできた事が表面的な理解に留まっていて、本当に考えるべきところが何なのか認識できた時、やっと「何故自分が2度落ちたのか」が理解できた気がしました。

勉強仲間のお陰で、モチベーションも保てます。

この恵まれた勉強仲間という4つ目のラッキーの下、みんなで立ち向かう、私にとっては3回目の二次試験…さぁ、絶対合格だ!

■5つ目のラッキー

3回目ともなれば、試験当日もだいぶ落ち着いてきます。
事例Ⅰ〜Ⅳそれぞれ、良い感じに終える事ができました。
確実に受かったと言える程できた訳ではありませんが、受かってもおかしくないなと思える程度のできではありました。

予備校の採点サービスに出すと、A判定。
しかも、なかなか上位な訳です。

「…あれ?これ、受かっちゃったかな?」

再び調子に乗り出します。
バラ色の時間がスタートしました。

よし、こうなったら経営ゲーム作っちゃおうかな。
診断士が作るゲームなんて、世の中ないしな。
ゲームやってたら、いつの間にか診断士試験範囲がカバーできる様なゲームできないかなー。

再び始まるゲーム開発の日々。
経営シミュレーションをあれこれ試行錯誤しながら作っていたら、あっという間に二次筆記合格発表日。

まぁ、普通に受かってんだろうな。
あんま嬉しさとか無いな。

ctrl+Fで、受験番号を入力。

一致無し

…ん?

一致無し

え、落ちたの?!

評価はⅠ→Ⅳの順で、ADBA(75、33、53、69)。

D?

確かに事例Ⅱは苦手だけれど、それでも50を切ったことはありませんでした。

なぜ?

再現答案を見直し、予備校やYouTubeに流れる模範答案と比較するも、大きな差異がある様に見えない。

………なんだよこれ、ただの運ゲーじゃん。

くっ………!

やめだやめだ!こんな試験!
まともに取り合うだけ無駄だ!

やっぱり俺は、個人ゲーム開発で成功するしかないんだ!

妻も「やりたいこと見つかったし、結局良かったんじゃ無い?」と割と前向き。
会社でも、診断士の知識は企画で使えていて、正直診断士の資格が取れなくても問題ある様にも思えない。

完全に、診断士試験から離れました。

ちゃっかり受けてた3年目の一次試験がたまたま合格していたので、二次受験資格は保有していました。
なので、取り敢えず勉強仲間には、来年も二次試験を受けると表明。

でも内心、運ゲーとしか思えないこの試験、まともに取り合う方がダメだと、完全に不貞腐れています。

「ま、受けてりゃその内、受かるでしょ。」

診断士という言葉は頭から完全に消え、ひたすらゲーム開発に勤しむ毎日が再びスタート。

そんなこんなで、あっという間に、翌年一次試験の日がやってきました。
申し込んだ事すら忘れていたのですが、それでも毎年受かり続けているので「まぁ、余裕っしょ」と思い、受験。

やはり、突破が難しいと感じる科目はなく「こりゃ、今年ももらいましたな」と思いながら最終科目の中小政策を受ける。

「…え、なんだこれ。まともに解ける問題が殆どないぞ…」

当たり前です。
その年、中小政策は難化した事に加え、私の知識は4年前の2018年のまま。
結果は、中小政策足切り。

「え、俺今年二次落ちたら、来年一次試験勉強しなきゃいけないの?ゲーム開発もあるし絶対ムリなんだけど。」

「…診断士受験、多分今年がラストだ…」

背水の陣に追い込まれたこの状況、これこそが5つ目のラッキーです。

恐らくここで落ちていなかったら、3年目を繰り返すだけの4年目になっていたと思います。

■最後の挑戦

「後がねぇ…」

一次試験終了後、ゲーム開発を全て中断し、診断士に全集中する事にしました…が、

「去年の二次の結果って、どうだったっけ?」

去年の結果すら思い出せないレベル。
もはや蟲の呼吸です。

事例ⅡがDだったことを再確認し、改めて再現答案を見てみると、設問毎のターゲット設定がどう考えても間違っている事に気づきました。
また、ターゲット毎のニーズの把握もぼんやりしていて、とりあえず自社の強みをぶつけとけ!という雑な答案であった事に気づきました。

診断士試験から完全に離れたからこそ、こういうニュートラルな見方ができたのだと思います。

「ここを改善できれば、合格には近づくな。あとはモチベーションをいかに保つかだなぁ…」

前年の勉強仲間も、その年受験予定である事は聞いていました。

「今年も、勉強会やりませんか?」

まともに勉強していない状態でした(流石に恥ずかしくて、ゲーム開発してるとはその時言えなかった)が、勉強仲間は暖かく迎えてくれました。

二次試験問題に触れるのは8ヶ月ぶりでしたが、一緒に勉強してきた仲間と共にディスカッションする事で、勘をすぐに取り戻す事ができました。
また、勉強仲間がターゲットをどう捉え、どう設定しているのかに着目して勉強を続けた結果、A答案を書かれる方は、ターゲットのサイコグラフィック要素に特に注目している事が分かり、それを真似しました。

時は、やはりあっという間に流れ、二次試験当日。

今年が最後かもしれない。
いつもの年には無い緊張感の中、本番を迎えました。

試験終了。
以下、試験終了後に投稿した、実際の内容です。


これまで4年受けてきた試験問題の中で最も難しいと感じました。。。
問題を見返すのも嫌ですが、再現答案作成に取り組もうと思います。

総評 辛い笑
ⅠとⅢが赤点と言われても納得してしまうレベル。


題意が非常に捉え辛く、何を答えて良いのかわからない問題が多かった。


割とオーソドックスな問題。少し戸惑う問題あったが、大きくは外していないはず。


問われ方が変わっていて、過去問で問われてきた与件文の要素をどの設問に当てはめるべきなのかが皆目見当つかなかった。


数字表記単位 万円が地味に面倒で、計算ミスとか発生してそうな予感。仕事でも思うけど、万という単位をこの世から消したい。
対応自体は、計算負荷の高い問題を避け、基本問題を確実に解く戦略は最後まで守れたと思う。


合格できる気は一切しませんでしたが、今までと違う点がありました。
それは、何ができていないのかが感じられる様になっていた点です。

後は天に任せよう。

そう考えて、またゲーム開発の日々に戻りました。

二次筆記合格発表 当日。
期待すると疲れてしまうので、期待はしていませんでした。

会議を終えて、スマホをふと見ると、妻から、写真が送られてきているという通知がありました。

過去3年、不合格に対し😢を送った人が、今年に限って「(写真を送りつけた上で)ほら、番号無いよ!」なんて言う訳ないですから、受かったのか…と思いました。

念の為、協会ページを見て番号がある事を確認。
なんかもっとこう、感動したり、気持ちが昂ったりするものだと思っていたのですが、そうでは無くて、それまで感じていた心の枷が、ガラガラと外れていく様な安堵感が強かったです。

勉強仲間、親など、応援してくれていた皆さんに報告。

その後口述を経て、無事最終合格しました。

なお、得点開示結果はⅠ→Ⅳの順で、BABA(59、67、50、74)。
事例ごとの出来を正しく感じられていた点、成長できているのかな?と感じています。

■ラッキーまとめ

私が4年間で遭遇した主なラッキーは、以下の5つです。

①勉強内容について、うまく自分の興味をひけた。
②受験3年目、診断士試験から上手く一時的に離れられたお陰で、凝り固まった試験脳を解きほぐせた。
③勉強仲間が、診断士試験に戻る一言をかけてくれた。
④勉強仲間が、診断士試験の勘や、自分に足りない部分を認識するきっかけをくれた。
⑤4年目一次試験に落ちて、背水の陣に追い込まれたお陰で、緊張感を持って二次試験勉強に取り組めた。

これらの結果をもたらす要因に出会えた事は確かにラッキーなのですが、じゃあラッキーじゃなければそれら要因が生む結果を得られないのかと問われれば、そうではないと思うんです。

受験生それぞれにやり方があるでしょうから、具体的アドバイスを一概にはできないのですが、これらの結果を得る為に、自分に何ができるのか考えてみると、案外あっさり答えが見つかるかもしれません。

そしてそれこそが、合格への突破口になるかもしれません。

長々と書いてしまいましたが、以上が私の合格体験の全てです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

■おわりに


次回はもっちさんの登場です。
お楽しみに!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
みなさんの合格をお祈りしています! バナーをクリックしていただけると、とっても嬉しいです。
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